建物・土地活用ガイド

2026/05/29

社宅・社員寮、なぜ増えているのか? 社宅の今後の課題と方向性

日本企業は1990年代前半のバブル崩壊による経済環境の悪化を受けて、1997年以降は「持たざる経営」や「経営のスリム化」を軸に、社宅・社員寮・保養所といった福利厚生施設(不動産)を次々と処分してきました。
その跡地には、2000年代前半に首都圏で大量に分譲マンションが供給されました。

ところが2020年代に入り、その流れが大きく変わりつつあります。
総務省の「2023年住宅・土地統計調査」によれば、企業が従業員に提供する「給与住宅(社宅・社員寮)」の戸数は約130万2,000戸でした。1993年の約205万戸をピークに2018年は約110万戸まで一貫して減少が続いてきた給与住宅の戸数が、2023年の調査で初めて増加に転じました。
まさに「社宅・社員寮の回帰」とも呼べる現象が起きています。
※本調査は5年ごとの調査です。

増えている施設の種類

(1)社宅・社員寮

大都市圏(東京・神奈川・愛知・大阪など)を中心に、単身者向け社員寮の新設・リニューアルが相次いでいます。

(2)健康・フィットネス関連施設

(3)育児・介護支援施設

育児・介護休業法の改正(2025年10月施行)により、3歳から小学校就学前の子を持つ従業員を対象に、時差出勤やテレワークといった「柔軟な働き方の制度」から2つ以上を選択として提供することが事業主に義務付けらました。

この法改正も職場内育児支援施設の整備を後押しする要因となっています。

なぜ福利厚生施設が増えているのか――4つのポイント

社宅・社員寮、そして関連する福利厚生施設を保有・活用する企業が増えている背景として、まず全体的に企業業績が良いことがあげられます。加えて、以下のような最近の事情に即した実情があります。

(1)深刻な人手不足と採用競争の激化

若年人口が減少する一方で高齢者が増加しているため、特に製造業・建設業・介護業では人材確保が経営の最重要課題となっています。

住宅価格と都市部の家賃が高騰する中、地方出身者や若年層にとって「好立地・低家賃の社員寮」は強力な採用誘因になります。

社員寮を新設・刷新した企業では離職率の低下が見られる例もあり、採用ブランドの観点からも住宅系の福利厚生は求職者の注目度が高く、各社の採用サイトでも前面に出されています。

(2)都市部の家賃高騰と生活費上昇

東京・大阪など大都市圏では、賃貸住宅の家賃が近年大きく上昇しています。

若手・中途社員にとって家賃負担の軽減は実質賃上げに匹敵する効果があります。

また、金銭で支給する住宅手当は給与課税の対象となるため、企業と従業員双方の社会保険料や税負担が増加します。

一方、借り上げ社宅や社員寮は賃貸料相当額の 50%以上を従業員から徴収することで福利厚生費として経費計上でき、従業員への給与課税も生じません。

コスト効率面でも住宅手当より社宅・寮の整備が有利と判断する企業が増えています。

(3)健康経営・人的資本経営の定着

「人的資本の情報開示」が上場企業に義務付けられたことで、従業員の健康・定着・エンゲージメントは投資家評価に直結する時代になっています。

経済産業省の健康経営優良法人認定数が 2016 年以降一貫して増加しているのはその象徴と言えます。

フィットネスジム・リフレッシュルーム・産業医室などの健康増進施設や、柔軟な働き方を支える福利厚生施設は、人的資本経営の「見える化」において欠かせないツールとなっています。

また取締役会で健康経営の効果を議論する企業ほど「ホワイト 500」などの上位認定を獲得している傾向があり、施設投資と経営戦略の連動が鮮明になっています。

(4)働き方改革と通勤負担の軽減ニーズ

テレワーク普及後も多くの企業では出社回帰が進んでいます。

職場近辺に社員寮があれば通勤時間の大幅な短縮につながり、業務効率化やワークライフバランスの改善に直結します。

また、人事異動のたびに転勤者が物件探しや契約手続きに追われることへの不満を解消するため、借り上げ社宅制度の見直しが進んでいます。

特に全国転勤が多い小売業・金融業では、転勤時の一時金が高額化して若手社員の生活を圧迫するケースが少なくありません。そのため借り上げ社宅への切り替えによってこの問題を解消した事例もあります。

今後の課題と方向性

社宅・寮・福利厚生施設の再整備は歓迎すべき潮流である一方、いくつかの課題も浮かび上がっています。

第一に、老朽化した自社保有の施設が多く残っており、建て替えや売却の判断が遅れている企業が少なくありません。CRE(企業不動産)戦略の視点から「保有か賃借か」を改めて問い直す必要があります。
遊休化した寮・保養所を処分してオフバランス化するか、戦略的に再投資するかの意思決定が急務でしょう。

第二に、2027年4月から強制適用される「新リース会計基準(企業会計基準第34号)」により、借り上げ社宅や寮もバランスシート(貸借対照表)への計上が必要になります。
賃借物件が増えるほど自己資本比率などの財務指標に影響を及ぼすため、今後は社宅や寮の「保有」と「賃借」のポートフォリオをいかに最適化するのかが一層重要になります。

第三に、利用者ニーズの多様化があげられます。
入居者の属性が単身赴任者・ファミリー・外国人労働者・シニア人材など多様化する中、これまでの画一的な寮の仕様では満足度向上が難しくなっています。
プライバシーへの配慮と共用スペースの充実を両立させた「選ばれる寮・社宅」づくりが企業の競争優位の源泉になっていくでしょう。

社宅や寮をはじめとする福利厚生施設は、かつての「コスト削減の対象」から「人材投資・人的資本経営の実践拠点」へと役割が完全に変わりつつあります。
今やCRE(企業不動産)戦略における位置づけを再定義し、長期的かつ戦略的に投資していく姿勢が企業に求められています。

吉崎 誠二 Yoshizaki Seiji

不動産エコノミスト、社団法人 住宅・不動産総合研究所 理事長
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。立教大学大学院 博士前期課程修了。
(株)船井総合研究所上席コンサルタント、Real Estate ビジネスチーム責任者、基礎研究チーム責任者、(株)ディーサイン取締役 不動産研究所所長 を経て現職。不動産・住宅分野におけるデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーションなどを行うかたわら、テレビ、ラジオのレギュラー番組に出演、また全国新聞社をはじめ主要メディアでの招聘講演は毎年年間30本を超える。
著書
「不動産サイクル理論で読み解く 不動産投資のプロフェッショナル戦術」(日本実業出版社」、「大激変 2020年の住宅・不動産市場」(朝日新聞出版)「消費マンションを買う人、資産マンションを選べる人」(青春新書)等11冊。多数の媒体に連載を持つ。
レギュラー出演
ラジオNIKKEI:「吉崎誠二のウォームアップ 840」「吉崎誠二・坂本慎太郎の至高のポートフォリオ」
テレビ番組:BS11や日経CNBCなどの多数の番組に出演
公式サイトhttp://yoshizakiseiji.com/

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